精巣腫瘍癌ガン、転移闘病記と交通事故、網膜剥離、鬱、緘黙、リストラ…数々のトラブルを克服。それでも気分良く生きるためのコツをわかりやすくお話しています。就労問題
☆.。.:*・゜★.。.:*     ごあいさつ     ☆.。.:*・゜★.。.:*

ご覧いただきありがとうございます。
たまたま精巣ガンになってしまいました。

お気軽に読んでいただければ幸いです。
お気に入りいただけましたらご友人にもご紹介くださいませ。


■元リストラガン患者
■元機械系エンジニア

■NLPマスタープラクティショナー (米国NLP協会認定)
■産業カウンセラー (一般社団法人日本産業カウンセラー協会認定)
■キャリアコンサルタント (国家資格)
■交流分析士インストラクター (NPO法人日本交流分析協会認定)
■NPO法人日本キャリア開発協会認定CDA
■3級ファイナンシャルプランニング技能士

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私が休む前、
交通事故で体調が悪いらしく、
業務時間を削って病院に通院していた社員が職場にいました。

結局その人は休職させられていました。


その後どうなったのだろうと気になっています。


なるほど、会社はいい方法を見つけたなと思いました。


しかし、それがずっと通用するとは思いません。

どの会社も
なんとしても自己都合として退職してもらおうとします。

そこまでして辞めさそうとする会社には”居る価値”はありません
その人にとってのその会社の価値です。

休職期間満了での退職だと、
会社都合でも自己都合でもないあいまいな立場のようです。
私は専門家ではありませんのでくわしいことはよくわかりませんが、

雇用保険を受けるときこの差が大きくなります。

またお話しますね。

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2008/03/12(水)

日も暮れかけていた夕方ごろ
めったに鳴らない私の携帯電話が鳴りました。

会社からでした。

「新たに採用はできない」という内容でした。

・・・
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時はさかのぼって2008年1月の3クール目入院中、
抗ガン剤投与が終わって
やっと体も心も落ち着いてきたなというとき、

ツルが異常に太い、黒ブチメガネの、人の目を見ない支店長が
分厚い就業規則のファイルを持って病院に来ました。


用件はひとつだけ。

休職手続きをして入院をしていたのですが
会社規定の休職期間の限度を過ぎているので
いったん退職するしかない
ということでした。

退院してから再度応募して入社する
という形しかないということでした。

優先的に採用を進めていくと(口約束ですが)。
私も仕事のことは考えれない状況でしたのでそれで話をのみました。


今回のガン経験を会社にどう貢献していこうかも考えていました。

もちろん在職期間や退職金もクリアされてしまいます。
有給休暇もたくさん残っていて無駄になります。


しかし再度応募したところ
いっこうに返事が来ず。

(もちろん髪の毛、眉毛がない顔写真なので
できる限り笑い顔の写真で応募)

そして3月にはいっての電話だったのです。

ほとんどリストラ同様です。


退職願にハンコを押させに来ただけでした。
あと保険証回収。

それまで支店長とのやりとりでしたが、
そのときに限って人事担当者からの電話でした。

嫌なこと(今回の電話)は他人に任せた・・・。
それが悲しかったです。


もちろんその支店長も上層部に話して
がんばっていただろうなというのは想像つきます。


しかし休職期間の限度過ぎてからの話。

その前の2007年の時点には休職期間の限度が
いつまでというのがわかっていて
私に連絡しなかった。

・2クール後に私は空いていたので事情を知っていれば
有給使うなどして回避できたはず。

・入院中、携帯電話はふだん電源を切って留守電にしてありますが
こまめにチェックしています。

・メールアドレスも伝えてある。

・実家の連絡先も伝えてある。

・「忙しい」は言い訳になりません。


会社からいったん離れれば本人が
餓え死にしようが、どうなろうが関係ないですからね。

もしこの記事が読んでいる
あなたのお気を悪くさせてしまうのでしたら
申し訳ありません。

しかし事実をお伝えしようとしても
どうしても私の主観が入ってしまいます。


その会社での当初の目的は達成できたので未練はありません。
幸い養っていかなければならない人はいません。
被害は私だけですみます。

(この「被害」という使い方も適切ではないかもしれませんが、
今はこう書かせていただきます。)

ですが突然収入が途絶えることになります。
必ずしも同じ収入が今後維持できるわけではありません。

今度こそはと思っていたのですが
スッキリとは終われないものです。




健康保険の話
雇用保険の話
まだまだ続きます。

休職期間満了での退職が”くせもの”になります。

・・・日にちとしては少し飛びます。


このことをどう書いてよいかとても悩みました。

私の個人ブログとはいえ
公共性の高い場であることは間違いないです。

思いつくままに書いて私の悪いエネルギーを発してしまっても
意味がなく皆さんに不快な思いをさせてしまいます。


私も普通の人間です。
いろいろな感情は湧きます。


しかし、もし100人に1人でも、1000人に1人でも
同じ状況になる人がいるかもしれないと思うと
書くべきだと思いました。

同じ失敗、過ち、苦労は知識の提供で
避けることができるなら避けるべきだと思います。


つづく・・・



2008/01/30(水)

めでたく退院となりました。

お世話になった先生や看護師さんに挨拶と思っていましたが
みなさん忙しそうなのでできる人だけ挨拶して
静かに帰宅しました。


開放された気持ち良さと
いつもの現実に戻ってしまう寂しさとで
複雑でした。


人は同じペースで続けていたことが変化するとストレスになります。

それが悪いことはもちろん、
良いことでも変化はストレスとして
無意識にも感じています。

たとえば結婚、進学、昇級など。



さあこれから何をしようかと思っても
今はぼうっとするのが一番幸せでした。

そして面倒くさいなぁと思いながら
保険、書類関係をまとめはじめました。

体力が落ちているので少しずつ動いていこうというのは
12年前の交通事故で肝臓を損傷したとき身についていました。

無理したから肝臓が治りきらず
肺炎も併発して再入院になったのです。

みなさんも始めは慎重すぎるくらいゆっくりでいいので
動き始めてください。

特に小さなお子さんが手術のあと
遊びたくて動きたくなる気持ちは
「ぐっと」我慢してもらいましょう。

他人のペースに合わせる必要は無いのは当然のこと、
自分でも気づかないくらい体力落ちているので
あせらなくてよいです。


2008/01/28(月)

早い時間に採血をして
夕方には結果がでました。

白血球ほか問題なく正常に戻り落ち着いています!

早速明日退院しますか?と言われましたが
今日の明日ではちょっと準備できないです。

なので30日(水)を退院にしました。

2008/01/25(金)

3日ほど連続して白血球を上げる注射もうっていたので
血液の数値も落ち着いています。

ほか血小板、赤血球良好です。


CT検査、腫瘍マーカーの結果が届き
先生から説明を受けました。

心臓ドキドキです。


私もCTの画像を見ましたが、
腫瘍の影がなくなり(色が薄くなり)
死んだガン細胞の跡らしきものが写っているだけです。

腫瘍マーカーの値も正常値に戻り
下がり続けいているわけではないので
この2つのデータからすると抗ガン剤の効き目があったと
見ることができます。

腫瘍マーカーが下がり続けていると
まだガン細胞が残っているとみなすことができてしまいます。


原則このあと死んだガン細胞らしきものを採って
調べないと確実なことは言えません。

お腹を開いて死んだガン細胞を採るか、
腹腔鏡手術(病院によっては設備が無いところもあります)で
細い管を入れて細胞を採るかします。

いずれにしろ脊椎の近くの神経を傷つけてしまい
勃起能力射精能力が無くなってしまうのだそうです。


私の場合細胞のかたまりがあまりにも小さく、
お腹の奥の脊椎の近くにあるので

お腹を開いてまで調べるリスクのほうが高い、
開いたとしても小さくて正確に採れるかどうかもわからない

さきに書いたように抗ガン剤の効き目があったと
見ることができるのでやめになりました。

ほっとしました。

その後腫瘍マーカーが上がれば
また別の抗ガン剤が用意されているのだそうです。

2008/01/22(火)

最後に少量だけ抗ガン剤を入れました。

すぐ体が反応して
熱と悪寒がしてこの日はずっとだるかったです。

次の日も熱は引きましたが
体はだるい感じです。
2008/01/21(月)

体は楽になりましたが
まだ本来の食欲はでません。

チョコ以外のお菓子もあまり食べなかったです。

チョコは好きなので食べられました。

グリコのジャイアントカプリコなど
おいしくいただけました。
2008/01/19(土)

白血球の数が下がる前に
外泊許可がでました。

念のため白血球の数を上げる注射をしてからの外出です。

1泊だけでも休まります。

病院内ではまともに食べられなかったのですが
外へ出ると何でも食べられます。

ここぞとばかり食べたいものを食べました。
2008/01/15(火)

点滴が取れました。


次の日1/16にはシャワーも浴びることができて
やっと楽になってきた感じです。

でも食欲は引き続きないです。

ミニカップラーメンがやっと食べられるくらいです。
2008/01/14(月)

食欲はないのですが
おいしいものを食べたいという欲求はあります。
(変な言い方ですが)

料理番組や料理雑誌を見たり、
情報誌のおいしい店紹介とか
旅行番組のご当地名産とか・・・

妄想をふくらませて欲求を満たしていました。

治ったらこれを食べてやる、あれを食べてやると
メモしたりしていました。


2008/01/13(日)

このぐらいになると
毎日吐いています。

一日2回以上吐くときも多かったです。
吐いたあとはスッキリします。

食事はほとんど手をつけれません。

カルピスとかオロナミンCとか
栄養ありそうなジュースをチビチビ飲んでしのいでました。

あとチョコアイスもそこそこ食べれました。

 

2008/01/10(木)

今回なんかちょっと違うぞ。

吐き気もきついし
倦怠感もきつい。

イライラする。
特に足がイライラ、 「むずむず脚症候群」みたいな感じ 。
貧乏ゆすりが止まりません。

貧乏ゆすりで発電できればエコなんですが。

2008/01/08(火)

2クールと同じく次の日には抗ガン剤注入です。

まだテレビ番組とかも正月気分で
私も正月気分で余裕です。
2008/01/07(月)

正月気分もさめやらぬとき
3クール目の入院です。

世間の多くは仕事始めなんだぁと思いつつ
すっかり仕事のことなんか忘れて
病院へひとりで向かいました。


例によって検査、採血等々慣れてしまいました。

年始めの入院だからか
肺活量検査がありました。
4月に入院したとき以来です。


その日のうちに点滴通して
生理食塩水で準備です。

黒いニット帽に黒いジャンパーを着て
自転車に乗っていたら警察官に職務質問されました。

大きい交差点を渡ろうとしていて
声をかけられました。

ニット帽をかぶっていても
頭がツルツルなのは分かりますし、
眉毛がないのは当然分かります。

見た目を疑うのは結構ですが。。。

私も人間見た目が重要だと考えているほうですが
雰囲気とか、オーラとか、大物の匂いとか
そういう見た目のことです。



一分ぐらい聞かれてそうこうしているうちに
渡りたかった信号も赤になり…。


そこで気づいたのが、
他人からちょっとのムダな時間でも
奪われると悔しいことが分かりました。

ましてや疑われたら。

自分ではいつも相当ムダな時間をすごしているのですが…。

今回正直にこのことを書きましたが
みなさんだったらどうでしょうか?

なので貴重な時間を使って
私のブログを読んでいただいている皆様がいるのに
無駄な内容は書けないなと思いました。

2007/12/08(土)

うかつにも風邪を引いてしまいました。

病院ではどこでも暖房が効いているのでよかったですが
慣れない坊主頭で、家での寒さをナメてました。

寝るときタオルをかぶったりしていたのですが
寝てるときズレてくるし

窓際に頭を向けているので
冷気が頭に降りてきます。

頭が寒いです。

2007/12/06(木)

3クールやることは決定していましたが
そのタイミングを心配していました。

そしたら先生から年明けにしてみてはと薦められました。

理由としてこの後すぐ3クールに入ると
白血球、赤血球、血小板が下がるタイミングが
ちょうど年末年始になってしまいます。

年末年始は例年輸血する血液が全国的に足りないのだそうです。
白血球は注射で増やせますが
万が一赤血球、血小板の増え方が悪いと輸血の必要があるのですが
先に書いたように血液が足りないんじゃつまらないです。

安全をとって入院時期ずらして回避できるならそれでよしということです。
また年末年始ぐらい家でゆっくりしてくださいということでした。

ありがたかったです。

ということで本日退院。

2007/12/01(土)

気が付けばあっという間に12月。
このタイミングだと
年末年始は3クールに入っているなるのかな心配。


今週も一時点滴を追加で入れてました。

また白血球が下がってきたので注射を何回か打ちます。
背骨のズキズキは軽度なら
湯たんぽを背中に当てればしのげますが、
やっぱりきついので座薬で対応します。


腫瘍マーカーは正常範囲内に落ち着きました。

過去の例を見ると2クールでも根治している例はあるが
3クールやったほうが根治の確率は高いのだそうです。

だからと言って3クールと4クールの差はあまりないそうです。
よって3クールやることに決定。

2007/11/26(月)

点滴の影響と動いていないので入院太りしています。
カロリーコントロール食の病院食ですが
暇だとお菓子をつまんでしまいます。

入院前より5Kg増加。
2007/11/24(土)

血液検査で白血球はまだ減っていないので
今のうち外泊をします。

この後時間差で白血球が減ってきます。

まずは美味しいものを食べました。

私は特に食にはこだわらないほうですが
さすがに病院食が続くと飽きます。

カップラーメンでもありがたいです。
2007/11/21(水)

1種類だけ抗ガン剤を少量使います。

それとご飯を食べれていないので点滴の栄養をとります。

朝食のパンは食べられますが
ほか2食のお米が全然食べられません。

おかずをつまむのみ。

本来お米大好きなのに。。。
2007/11/19(月)

この頃になると常に倦怠感と吐き気を感じます。
ちょっとした動きで刺激されて吐きそうになります。

点滴が一時はずれました。

吐いたら楽になりました。
頑張ってガマンする必要ないな。


朝食を今までお米にしていましたが
食べられないので
パンにしました。

そしたら少しは食べることができました。
2007/11/13(火)

今日から抗ガン剤注入です。

1クールのときと量がちょっと違っていました。

体の反応は早いもので
夕方には吐き気がしてご飯は食べられませんでした。

でもお腹は減った感じはするので
お菓子でまぎらすことに。

2007/11/12(月)

もうすでにこなれているので
何の不安もなく入院です。

1クールの入院のときも同じでしたが
雨が降りそうで降らないそんな天気の中
家を出発しました。

いつものように検査をいくつかやりその日は終わるものと思っていましたが、
すぐ夕方には点滴を開始しました。(まだ生理食塩水)

味覚が変わってきました。

常にしょっぱい感じがします。

薬の影響だと思いますが、
味覚のことは聞いていなかったので
ちょっと驚きと不思議な感じがします。

その後、看護師さんに聞いたらやっぱり
味覚は変わるということでした。

特に感覚的なことは遅れてやってくるようです。

2クールに向かうまでしばし休息です。

寝たきりではなかったのですが
やはり体力は落ちていて普通の生活をしようとしても
すぐに疲れます。

とにかく気分良く生活することが大事だなと思いました。

本屋へ行って買いだめしたり
入院中発売されたCDも買っておきました。

ゲームはやらないほうですが
ニンテンドーDSを買って今度の入院に備えます。

2007/11/1(木) 退院

血液検査の結果、赤血球、白血球、血小板の数も問題なし。

肝臓の数値がやや高いが飲み薬で対応できる範囲。
腫瘍マーカーの値は下がっていますがまだ何とも言えない数字です。

他に転移も見られません。
体調もよいので退院となりました。

次回2クール入院は10日後となります。

その間行動に制限はなく、何をしても良いと言われました。
とりあえずほっとしました。

こんなものかぁ。

2007/10/29(月)

吐き気もなくなりすでに体調も良いいです。

自覚症状としてはキーンという耳鳴りがします。

抜け毛のチクチクがあまりに痛いので
病院内の床屋で丸坊主にしました。

坊主は人生初。
前から坊主か長髪にしたいと思っていたので
良い機会です。

頭がスースーして変な感じです。
看護師さんからは似合ってますよといわれたけど・・・。

肌が慣れていないせいか頭に汗をかくとすぐ分かります。

1クールでの抗ガン剤は終わっているので
血液検査で各種値が正常に戻るかどうか見ていきます。
レントゲンで肺炎がないかもチェックします。

 

2007/10/26(金)

この日も24Hr点滴。

すぐに体は反応して倦怠感と熱が出ました。

髪もなでるだけで抜けるぐらい。
髪の根元が溶けている感じでスッと抜けます。

枕は抜け毛だらけ。
シャツに抜けた毛が付き首がチクチク痛いです。

あそこの毛も抜けます。


2007/10/27(土)
夕方くらいに白血球を上げる注射をしました。

10/28(日)にも注射。
そうすると夕方くらいに背骨がズキズキと痛みました。
私の体が白血球を一生懸命作っている証拠です。

痛みは座薬で対応できます。
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